小さな気づきで心が劇的に軽くなった考え方

籠から鳥が解放される

こんにちは、イバスタです。

子供を3人育児奮闘中です。

イバスタ
イバスタ

子育てで、自分の時間がほとんど取れない…

勉強する時間も挑戦する時間もない。

なんで俺ばかり….

奥さんがいて、子供は3人も持てているのに、自分の時間がない、なりたい自分になれていない。

気を紛らわせても、すぐにそのことでイライラする、焦りがある。

こういう生活を送っていました。

投資で〇〇円利益を上げた、事業に成功した。難関資格を手に入れた。

そういう報告をSNSなどで見るたびに

もう人生大成功じゃないか。

そういう劣等感、妬みを持ちイライラしていました。

自分がそこになれなくて、その位置に入れなくて、苛立ち、悔しさを抱えながら仕事をしていました。

40歳になってもこんな感情を持つんだなという気持ちです。

年齢は関係ないんですね。

ある日、ふと一息ついでぼーっとしていた時に、ある考えが頭に浮かび、今までの不満がスッとなくなりました。

今回はその点についてブログ記事にしました。

今の所、半年間その考えは維持できており、気持ちもいい方向へ劇的に変わっています。

気持ちが変わると、物事の見方は良い方向に見るようになり、恐らく周りへの姿勢も柔らかくなっていると思います。

もちろん常に同じ感情を維持することはできないですよ。でも戻ってこれるようになりました。

大事なのは一度の変化ではなく、その位置に戻ってこれることだと思います。

全てに当てはまるわけではないし、今後も続くかは分かりません。

それでもいい方向に向かう考え方がいくつあってもいいと私は思っています。

それだけ戻ってこれる手段があるわけですから。

この記事が少しでも役立てれば幸いです。

心がなぜ劇的に軽くなったのか

考え方はとても単純であり些細なことでした。

今、この時代の日本に生まれたことが、最高の環境じゃないか?

これだけです笑 

なぜ?

衣食住で困ることはまずない。

確かに勤務もキツかったり、人間関係が辛い、給料が低くて欲しいものも買えない。

その考えはごもっともかもしれない。

でも、、、

水は飲める、カップラーメン、ポテトチップスは食べられる、お酒だってコンビニで冷えた発泡酒、ビール、日本酒やワインだって買えます。

スマホだって持てますよね。医療だって体調が悪ければ救急車を呼んで受診することが可能、薬だってドラッグストアで買える。

過去と比較してみましょう。50年前だと1970年代ですね。

低価格で美味しい食べ物が気軽に購入できる、高度な医療が受けられましたか?

ビールだって今の方が全然上手いですよ。

クラフトビールだって出てきているし、低価格で高品質の食事、服だって低価格でしっかり持つ。

住む場所だってエアコン、風呂、トイレ、洗濯機、乾燥機。

いやもうこれ当たり前すぎですけど、忘れてません?

この生活水準の高さ!

Youtubeだって広告入るけど無料ですよ??*データ通信料かかりますけどね。

このブログだってスマホがあれば見れるし、最近はAIだって制限はあるけど無料に使えます。

アプリゲームだって無課金でも十分楽しめる。

スマホがあれば勉強だって娯楽だってできますよ。

最高じゃないですか?

こんなの100年前、いや30年前でさえこのような世界になるとは想像できなかったのではないですか?

でも当たり前になってしまうと恐ろしいですよね。

足りないもの、手に入らないものばかり見てしまう

それを私は無意識にしていました。

たったそれだけのことなのに気づけない、そして気づいたら、色々イライラしていたことがスッと解放されました。

めちゃくちゃ楽しんでますよ、私たち。どんな水準の人でも相当いい暮らしをしていると思いますよ。

ただ気付いていないだけ、幸い日本では戦争は起きていないし、食事にも困らない。

当たり前だから忘れてしまう。

でもその当たり前を落ち着いて考え直してみたら、イライラして自分を潰すほど悩む必要はないのでは?

じゃあ楽しもうって私はなりました。

挑戦する必要はもうないのか??

チャレンジをすることは素晴らしいことなのか

挑戦に対する考え方をもっと柔らかくしてもいいのではないかと私は思います。

努力しなくても自分の生活をみるととてもいい環境にいる。でも挑戦すればもっと良い環境を手に入れられるかもという考えを持ちながら挑戦をすれば、気持ちも穏やかに挑戦することもできたり、周りとの比較もやらないようになるかもしれません。

上を見ることをやめるのではなく、挑戦した上で、もし達成できたらよかったなと。

私も人生を賭けた挑戦で失敗して相当引きずりました。当時、この考えが受け入れられるかというと難しいと思いますよ。

でも達成できなくても今の環境が相当いいことには変わりない。そこに目を向けられるかで、気持ちも変われるし、また同じ挑戦ができるのであればすればいい、どうやってもできない挑戦もあるかもしれない、なら別な挑戦に挑めばいい。

結果しか見ないと悔しいですが、失敗して悔しいからやけ酒でもいいし、ゲームしようでもいいし。

*もちろん健康を害さない程度に飲んでください。

それでいいじゃないですか?

これなら挑戦だってプラスしかない、現状の生活だって十分満喫できるし、ポジティブだらけですよ。

この考えのいいところは、仮に成功しても、一定期間経つとまた別の目標が出てきてまた苦しみだすというスパイラルから脱出できるところです。

要はこのままだとずっと苦しいままなんですよ。

私がそうでした。終わりのない苦しみです。

〇〇達成したらやりたいことができる。

たとえば目標達成までゲーム禁止とか、いやいや今からゲームもやっていいし、挑戦もすればいいのでは?

何かを犠牲にしてまでやれる人もいるけど、それが全員当てはまるわけではない、犠牲にしないで自分のペースでやる方が結果が出る場合もある。  

そもそも日本に生まれて十分恵まれた環境にいるのだから。

という考えになり、多くのことが些細なことに感じるようになりました。

決して小さく見ているのではないですよ。

ただ今の環境があまりにも恵まれているなと思ったからです。

失敗や周りの成功者を見るととても辛いかもしれない。この考えは理解できなくてもいい。

ただ、美味しい食事、自由に仕事を選べる、結婚も自由。

安くても異常に質の良いものが買える。

いきなり食事が食べれない、家がなくなるわけでもない

そういう時代に生まれたことを噛み締めるのもいいかもしれませんね。

少なくとも私はそのように感じ、心が解放されました。

もし参考になれば幸いです。

ありがとうございました。